重文 舞鶴市の円隆寺と金剛院

6月26日、重文の例会で舞鶴市の円隆寺と金剛院へ。
この例会としては異例の遠距離バスツアーとなった。

名神高速から、北陸道、舞鶴若狭道と高速をひた走り、3時間半くらいで舞鶴西ICを出る。

JR西舞鶴駅前でバスを降り、約10分歩くと円隆寺総門だ。

円隆寺 総門。
この総門、なかなか変わっていて、仁王像ではなく四天王像を祀っている。
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四隅の四天王像は金網越しにかろうじて見えたが、写真には撮れなかった。

総門の扁額。古びて読みにくいが「慈恵山」と読める。
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正面に本堂が堂々と建つ。京都市の指定文化財だ。
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円隆寺は奈良時代の開創といわれ、歴代の丹後・田辺城主の祈願所だった。
丹後地方きっての古刹・名刹といわれる。
色々な変遷はあったが、いまは真言宗御室派の寺院だ。

本堂の脇に多宝塔が見える。
この多宝塔、なにか雰囲気が違うな~と思っていたら、
もとは三重塔だったものを被災した際に二階建てにして多宝塔としたものだと。
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本堂で、住職の講話を聴いて、本尊等を拝観。
住職の話は面白かったが、少し時間が足らなかったようで、時間配分は反省事項だ。

本尊は「三体本尊」といって、阿弥陀・釈迦・薬師如来を祀る。
その両脇に黄不動明王、毘沙門天が。 いずれも重要文化財だ。
 (画像は寺院の栞より)
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境内の片隅に「滝不動」と案内があった。
滝の様な窪地の奥に、「不動明王」と彫った岩が見られる。
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また、いわれは分からないが古びた石像も建つ。
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弘法大師立像も。
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ご朱印
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舞鶴港の方へ移動して、港近くのレストランでランチを摂る。
刺身や肉じゃがが旨かった。 ご飯がお代わりできるのも嬉しかった。

そして、次の訪問地 金剛院 へ。

金剛院 山門
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先ずは宝物殿で仏像を拝観しながら住職の講話を聴く。
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ここの住職の話もたいへん面白かった。

特に、所蔵する仏像の素晴らしさを、たいへん熱心に語ってくれた。

たとえば「深沙大将像」の説明では、部屋の明かりをすべて消して、ロウソクの明かりだけで見せてくれた。
その時の仏像の  
 隆々とした筋骨の様子、眼の輝き など
迫力満点だった。 仏像の本来の姿はこういう灯りのもとで観るべきか?

寺院の栞に載っていた「深沙大将立像」
快慶の無位時代の作とされる。
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住職の話に感銘を受け、境内を散策。

本堂方面へ歩いていくと、巨大な榧の樹が聳え立つ。
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さらに奥へ進むと三重塔が見えてきた。
新緑の中、堂々とそびえる。紅葉の時期はさぞかし綺麗だろう。
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その脇の石段を登ると本堂だ。 この石段が結構きつかった。
石段を数えて登った仲間がいて、105段だったそうだ。
段数の割にきつかった。
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三重塔を上から見下ろす景色は中々見られない。

左手に立派な舞台が絶壁にそそり立つのが見える。
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こちらが本堂。
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本尊・波切不動尊を祀る。 この不動さんは秘仏で、節分の法要の時しか観られないそうだ。
普通の不動尊と姿が変わっていて、右手の剣を下に下ろしており、ちょうど波を切った姿になっているという。

金剛院も真言宗(東寺派)の寺院。
平安時代初期、弘法大師の弟子のひとり、高岳親王が創建したと伝わる。
高岳親王は皇位継承争いに巻き込まれ、仏門に入ったという「悲運の皇子」だ。

また、このお寺の風景は、三島由紀夫の「金閣寺」にも登場したと云う。

本堂奥の弁財天の祠と鐘楼。
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ご朱印
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少し遠地だったが、楽しいバス旅行だった。
名古屋では、いつものお店でいつもの様に「反省会」。
これも盛り上がって楽しかった。

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