100名城 道南:志苔館、五稜郭、勝山館、松前城 その他

7月4日から2泊3日で道南地区の100名城巡りに出かけた。
ついでにこの地の観光スポットも。

4日の昼頃に函館空港へ着いて、すぐレンタカーを借りる。

先ずば、志苔館(しのりだて)だ。
空港のすぐ傍なので10分も走らないうちに入口に到着。
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入口下のあずまやへ寄ってスタンプをゲット。
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空堀がきれいに残っている。
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少し奥へ入っていくと、広い館跡に出る。
一面にタンポポに似た黄色の花が咲き誇っている。タンポポにしては茎が長いが・・・
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館跡の四方は大きな土塁で囲まれている。
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土塁の前方に海が見える。 城館は海岸沿いに造られているのだ。
海の向こうに函館山が雲を冠っている。
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高い立派な土塁だ。
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志苔館跡の平面図
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14世紀末頃、蝦夷代官として進出した津軽安藤氏が海岸沿いに拠点を造った。
中世の蝦夷地で和人が道南に築いた12の拠点を「道南十二館」といい、
志苔館はその内の最も東に位置する館だという。

松前藩の記録で、16世紀初頭に起きたアイヌとの戦いで陥落してしまったそうだ。

志苔館のスタンプ
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◇ ◇ ◇

そして、いよいよ大本命・五稜郭へ。
先ずは、五稜郭タワーに登り、全体を眺める。素晴らしい光景だ。
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タワー内に五稜郭のジオラマが展示してあった。
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タワーからは函館山が見えるが、頂上付近は雲に覆われている。
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館内の一角。幕末の歴史の一編が展示してあり興味深かった。
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さて、五稜郭の入口、ここへ入っていく。
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大手口の半月堡。大手口を守る陣地になる。
もともとは全ての稜堡に設ける設計だったが予算の関係で大手口だけにしたという。
向こうに五稜郭タワーが聳える。
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大手口門の高石垣。
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そして、五稜郭の中心に建つ奉行所。
日米和親条約で函館が開港されたとき、江戸幕府の奉行所が置かれた。
元々は現元町公園にあったが、港に近いので防衛上不利と考え、この地に移転した。

その時、奉行所を守るため、西洋式の城郭として五稜郭が1864年に完成した。
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屋根の天辺にそびえる太鼓楼が特徴的だ。
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奉行所の内部も見学。再建なので真新しい。
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五稜郭を守る土塁。幅が広く、底部では30m近くになるそうだ。
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土塁の上、お堀の上をぐるーっと歩く。大手門の半月堡が見える。
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土塁の上から木陰の陰に奉行所が見えた。なんかカッコいい!
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五稜郭のスタンプ
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◇ ◇ ◇

函館市の東部に展開する縄文遺跡群を見学。
先ずは、大船遺跡へ。 五稜郭から一時間くらいで到着。

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小さな展示室があり、まずは内部を見学。
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展示室の出口に石皿が多数積み重ねられていた。
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そして、集落跡へ。 
巨大な縦穴式の住居跡。深さ2.4mもある。
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盛り土の遺構。
長い期間にわたり土器や石器を捨て盛り上がった遺構。
単なるゴミ捨て場ではなく、道具や食べ物の魂を送ったものと云う。
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大船遺跡の近くに建つ縄文文化交流センターへ立ち寄る。
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館内には様々な発掘された遺物が展示されていて、たいへん興味深いところだった。

次の写真は、展示品の一部(フラッシュしなければ撮影を許された)。

石皿や深鉢
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足型付の土板
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石の矢じり
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つまみ付きナイフ
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赤漆塗り注ぎ口土器
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そして、国宝の「中空土偶」
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素晴らしい!

◇ ◇ ◇

展示物に大満足で函館市街へ戻る。

途中、啄木小公園があり、啄木の像が建っていた。
遠くに雲のかかった函館山と立待岬が見える。
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啄木は一時期、家族を迎え函館に住んだ。

ホテルへ向かい、初日を終える。
ホテル近くの居酒屋で海の幸に舌鼓を打つ。
でも、そこにはお目当ての馬糞ウニは置いてなく、少し残念。

◇ ◇ ◇

二日目、函館から松前半島を西へ向かってひた走る。
2時間くらい走って江差へ着く。

江差市街の入口に「日本一小さい道の駅」があった。
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確かに小さく、クルマが数台とまれるだけ。

でも、景色は良い。
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江差へ来た目的は、開陽丸を見たかったのだ。

道の駅開陽丸へ着く。
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すぐ傍の波止場に開陽丸が停泊している。再建されて記念館となっている。
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戊辰戦争のあと、徳川家臣救済のため蝦夷共和国樹立を目指し、
榎本武揚等は「開陽丸」をはじめとする艦隊を率いて蝦夷地に上陸。

榎本軍は五稜郭を占領し、松前福山城を落城させた。
進軍する陸軍擁護のため江差沖に到着した開陽丸は、突然の暴風雪によって座礁・沈没。

傍に引き上げられたシャフトが展示してあった。太いものだ。
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開陽丸記念館に入って見学。 
引き上げられた遺物や運用時の様子を再現したレプリカなどが展示してあった。
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甲板に上がる。
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開陽丸の近くにあるかもめ島へ。そこから開陽丸がきれいに見える。
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かもめ島には奇岩が多い。
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◇ ◇ ◇

江差から少し南下して上ノ国町へ向かう。

上ノ国勝山館のガイダンス施設へ到着。ここでスタンプをもらう。
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ガイダンス施設から見下ろすと、何か白い杭が点々と見える。
昔の墳墓の跡らしい。
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施設内にはアイヌの墓のレプリカが展示してあった。
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ガイダンス施設から勝山館跡の方へ降りていく。
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館神八幡宮のあったところ。本曲輪の南端にあたる。
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両側に館の跡が広がる。本曲輪だ。
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15世紀中ごろ、アイヌの首領コシャマインが武装ほう起したが、武田(蠣崎)氏に討たれた。
その武田氏はここ勝山館を本拠地とし、北方日本海ルートの軍事・交易の中心的施設として栄えた。

館跡の先、本曲輪の端は、二重の空堀と土塁・柵で守られている。
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ガイダンス施設の方へ戻ってくる。周りは墳墓群だ。
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上ノ国勝山館のスタンプ
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◇ ◇ ◇

勝山館を出て、その麓にある旧笹浪家住宅(重文)を見学。
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係の人に案内してもらいながら内部を見学。
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旧笹浪家住宅は、能登屋笹浪家の住宅で、北海道最古の民家建築だそうだ。

表に出ると土蔵が建っている。
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すぐ傍に上ノ国八幡宮があったので参拝してきた。
茅の輪は疫病退治のご利益があるそうなので、コロナ禍の折、きちんと参拝してきた。
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◇ ◇ ◇

そして、松前へ向かって一時間くらい走る。

松前城祉に到着。
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天守と本丸御門。本丸御門は重要文化財で、数少ない建築当初からの遺構のひとつ。IMGP0916.JPG

天守の鯱。陶製かな?
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天守閣内は資料館になっていて、松前家やアイヌ民族の資料がたくさん展示されていた。

本丸表御殿の玄関が天守閣の近くに移築され保存されている。
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松前城は、外国船の出没に備えて江戸幕府が嘉永2年(1489)に松前藩に築城を許可した。
基となったのは福山館という陣屋だったという。

7基の砲台と25門の大砲を備えていたが、海への防御に主体を置いていたため、戊辰戦争では、土方歳三等の率いる旧幕府軍に背後から攻められ落城した。

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松前城のスタンプ
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お城のすぐ脇に松前神社があるので、お参りしてきた。
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また、近くに松前藩屋敷という施設があるので覗いてきた。
松前の城下町を再現したというのが謳い文句。
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◇ ◇ ◇

今回の100名城巡りは松前城で完了、予定の4ヶ城を無事巡ることが出来た。

この後は、出来るだけ観光スポットを回ることにした。

松前から函館へ戻る途中に、「北海道最南端」とする白神岬がある。
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更に走って、青函トンネル記念館にも立ち寄る。
青函トンネルの北海道側の到着地点だ。

記念館入口のボーリングマシンが圧巻だ。
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中にはトンネル工事の資料がたくさん展示してあり、映画で見た場面を思い出す。

青函連絡船の模型も展示。
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また、前庭には「くろしお号」がたたずむ。
この潜水艇、トンネル工事の前に海底調査で活躍したという。
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さらに走って、トラピスト修道院へ。
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修道院の前庭にカトリック教会が建つ。
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◇ ◇ ◇

函館市街に戻ってきた。
まだ時間があったので函館山の麓にある立待岬へ行く。

立待岬のすぐ傍に啄木一家の墓が建つ。
啄木の死後、本人の希望でここに葬られたという。
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そのすぐ脇に、啄木をここに葬った、義弟の宮崎郁雨等の歌碑が建つ。
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そして、立待岬。 断崖絶壁が素晴らしい光景だ。
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近くに与謝野寛・晶子の歌碑が建てられている。
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立待岬に建つ函館八幡宮へ立ち寄る。
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そして、再び市街地へ戻って、更に観光スポットを回る。

天主公教会
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元町公園へ行く。

旧北海道庁函館支庁。
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函館四天王像。平田文右衛門はじめ4人の実業家が明治期の函館の発展を支えた。
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そして、傍らに奉行所跡の表示が建つ。 五稜郭の奉行所は元々はここにあったのだ。
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すぐ下にペリー提督来航記念碑が。
和親条約を締結したペリーは開港する予定の函館へ下検分に立ち寄った。
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海岸沿いに下りてきて、金森赤レンガ倉庫群へ。
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二日目の観光はここまで。

ホテルへ帰って、夕食に繰り出す。
どうしても馬糞ウニが食べたかったので、店で確認しながら探す。
そして、馬糞ウニと活イカの造りにありつく。

◇ ◇ ◇

三日目は飛行機に乗る前の隙間時間に、またもや函館観光。

朝食は駅前の朝市で食べた馬糞ウニ丼。またもや感激だ。

そして海岸へ。摩周丸が着岸していた。
青函連絡船として最後の日まで就航していた摩周丸を保存・公開している。
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ここから函館山が見える。この日は雲がかかっていなかった。
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函館山に雲がかかっていないので、登ってみようとロープウェイ乗り場まで行ったが、まだ営業していなくて断念。

近くの護国神社に立ち寄り、参拝。
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護国神社坂という坂道を下りてくると高田屋嘉兵衛の像が建つ。
江戸中期に函館発展の基礎を築いたという豪商。
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街中に坂本龍馬像が建っていた。
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また、市役所近くに上陸記念碑。
終戦後、樺太から引き揚げ上陸した地を記念して建てられたという。
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ホテルの駐車場近くに面白い像が建つ。月光仮面だ~!
月光仮面の作者、川内康範氏は函館出身だ。
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そして、福祉センターの近く、土方歳三最期の地に記念碑が建つ。
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さて、いよいよ空港へ。
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少し欲張り気味に函館観光を楽しんだ。
空港のレストランでランチしながらビール。
ビールが旨かった(やっぱりサッポロビールだった)。


















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