100名城 香川:高松城ほか

12月1日の引田城に続いて、2日は高松城と丸亀城へ。
もちろん、ついでに近隣各地の名所・史跡も訪ねる。

朝一番でホテル近くの 高松城 へ。

その入口。
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入場券を買ってゲートを進むと Welcomeモニュメントが出迎える。
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内堀に鞘(さや)橋が掛かる。二の丸から本丸へ通じる唯一の橋だと解説にある。
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本丸へ入ると天守台が見える。 きれいな石垣だ。
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天守台から先ほどの鞘橋を望む。その向こうに駅前の高層ビル群。
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天守台の内部。 並ぶのは天守閣の礎石か?
天守閣は三重四層地下一階だったそうだ。
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資料によると、高松城は羽柴秀吉の武将・生駒親正が讃岐一国を与えられ天正16年(1588)に築城、とある。

その後、江戸初期に生駒騒動と云うお家騒動が起き、生駒氏は出羽の国へ転封。
水戸藩初代藩主・徳川頼房の子・松平頼重が入封。

海に面した平城で、海水を上手く取り込んで内堀にしている。
天守は明治17年に取り壊されてしまった。

本丸の隅に地久櫓台趾。 二重二層の櫓が建っていたそうだ。
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内堀には水が湛えられている。 海水だ。
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三の丸の外に披雲閣庭園がある。落ち着いた趣の庭園だ。
中に、松平家の別荘だった披雲閣が建つ。
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庭園からは天守台が良く見える。
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披雲閣。
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披雲閣の前庭に、なぜか松の盆栽を売っていた。
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旧東の丸、艮(うしとら)櫓。
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そして月見櫓。 
舟の到着を監視するための櫓で、着見(つきみ)櫓とも呼ばれる。
綺麗な櫓だ。
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高松城のスタンプ
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高松城を観て、予約してあったレンタカー店へ。

レンタカーで屋島へ。

屋島ドライブウェーを登り、山頂の 屋島 駐車場に到着。
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すぐ傍に屋島寺が建つ。これは東大門だ。
天平勝宝のころ鑑真和上によって創建、その後弘法大師が訪れ中興開山の祖として仰がれている。
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本堂(重文)。黒漆と丹塗りが珍しい。
ここに本尊・千手観音像を祀る。
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本堂の前を海の方へ降りていくと、立派な四天門が建っていた。
中には四天王像が祀られている。
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更に海側に仁王門。 本当はこちらから入るんだった。
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海に沿って半島の根元の方へ向かうと、思いがけないものに出くわす。

屋島城の城門跡だ。ここにお城があったことすら認識していなかった。
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城門趾。 立派な石垣だ。
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説明書きによると、日本書紀にその名が記されているがその実態は長らく不明で幻の城と云われていた。

1998年に石積みが発見され、それを契機に発掘調査がなされ、2002年に城門遺構が発見された。
それでようやく屋島城の実在が証明された、と云う。

城門跡から見る高松市街。
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屋島頂上付近から見る五劍山と源平の古戦場。
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屋島は、大して期待していなかった。 
登るだけ登ってみよう程度の関心だったが、とんでもない。登ってよかった。

ふもとの屋島神社に立ち寄る。
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午前中の最後の訪問地、 さぬき市の 平賀源内記念館 へ向かう。

まず、平賀源内旧邸だ。
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邸内の庭は薬草園になっている。
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中では、小学生の発明工夫展が開かれていた。
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旧邸の隣に建つ平賀源内の銅像。足元にはエレキテルが。
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近くの平賀源内記念館も覗く。 数々の遺品や作品が展示されていた。
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午前中はここまでとし、高速を丸亀方面へ向かって走る。

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