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zoom RSS 水の都・大垣の街歩き

<<   作成日時 : 2016/10/25 16:38   >>

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10月18日、鯱城OBのクラス行事で大垣へ。
現役のころ仕事で何度も来たことのある街だが、ゆっくり街歩きをしたのは初めてだ。
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JRで大垣駅へ。
駅前でボランティアガイドの出迎えを受け、早速街歩き。

奥の細道むすびの地と云うわけで、芭蕉の句碑が街角に多数建つ。

まずは、「奥の細道」旅立ちの句。
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       行春や鳥啼魚の目ハ泪

この句碑をかわきりに、奥の細道全行程2,400kmを
市内「奥の細道結びの地」(船町)まで2.2kmに見立てて整備されているそうだ。
この日は全部を回らなかったが、順々に歩いて回るのも面白いかも!

水の都とも云われるだけに、美しい水路が街中を巡る。
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また、湧水も随所にみられる。

こちらは「掘り抜き井戸発祥の地」(岐阜町)とか。
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江戸中期に、こんにゃく屋文七が掘ったのが最初だそうだ。

名水「大手いこいの泉」(郭町)。
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大垣城へ。 東門が見えてきた。
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天守も城門も戦後の再建ものだが、石垣の石は当初のものを使っているところもある。

そのうちのいくつかの石垣には化石が残っている。
東門の化石、貝の仲間ベレロフォンと云うらしい。
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天守だ。 戦災で焼失したが、昭和34年に再建された。
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一応、天守閣の中も見学。
最上階展望室からは四方が見渡せられる。
これは関ヶ原方面だ。
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西門の石垣にも化石が多く見られる。
これはウミユリ(ヒトデやウニの仲間)のようだ。
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サンゴの仲間の化石もあった。
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一旦、場外へ出て大垣城公園へ。
初代大垣藩主・戸田氏鉄公の像が建つ。
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城外の圓通寺へ。 大垣藩主戸田氏の菩提寺だ。
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境内に句碑が建つ。 これは珍しく2つの句が彫られている。
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    芭蕉 こもり居て木の実草の実拾ハゝや
    如水 御影たづねん松の戸の月

仲間の一人がガイド役を買って出て、もう一度城内へ戻る。

鉄門(くろがねもん)跡だ。
ここに建っていた門は、いまは鵜沼の宿に移されている。
そういえば、以前鵜沼の宿を歩いた時に観た。 
立派な堅牢な門だった覚えがある。

鉄門の隣に立派な像が建っている。
金森吉次郎という人の像だ。
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明治期の揖斐川洪水の際に的確な指揮で被害の拡大を抑えたり、以後治水治山事業を推進した人だそうだ。

そして、「麋城(びじょう)の滝」。
Webで調べたら、麋城って大垣城の別名らしい。
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落差6m。人工の滝だ。



街歩きの最終イベントは、駅前へ戻って寿司屋でランチ。
旨いビールを飲んで、ちょっと良い気分。

幹事さん、ありがとうございました。

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