近江八幡の史跡、安土を訪ねる(1)

11月30日、鯱城の友人~この人、桁外れの歴史通~の誘いで近江八幡地区の史跡を訪ねた。
鯱城同級生の仲間、計4名のドライブ行。

安土城跡を始め、いくつかの山城跡を訪れるということで、たいへん楽しみにしていた。

訪れた史跡の一つ、浄厳院の山門(重文)。
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名神を走り、八日市インターを出る。
最初の訪問地は、東近江市の 石塔寺(いしどうじ) 
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天台宗のお寺で、開基は聖徳太子と伝わる。

その山門。「阿育王(あしょかおう)山」の扁額が架かる。
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この寺院は、阿育王(あしょかおう)にかかわる伝承が数多く伝わるそうだ。

この山門はどこかの城郭の門を移して来たそうで、たいへん珍しい構造だ。
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山門の脇にまっすぐ伸びる石段を登る。
すると、いきなり現れる奇妙な形の三重の石塔。
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阿育王塔(あしょかおうとう)というこの石塔、異国情緒あふれる石塔だ。
白鳳時代の建造で日本最古の石塔らしい。もちろん重文。

さらに驚くことに、この三重石塔の周りにおびただしい数の石塔・石仏がぎっしり。
全部で数万基もあるらしい。
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これらの石塔に囲まれていると、何か不思議な気分になってしまう。

石塔群の中に、ひときわ目立つ存在の石塔。
石造宝塔と2基の石造五輪塔(いずれも重文)だ。
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石塔群に圧倒され、石塔寺から安土方面へ移る。
途中に特徴的な山が見える。 太郎坊と云うそうだ。
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そして近江八幡市、安土町へ。
先ずは 沙沙貴神社 を訪れた。

佐々木源氏発祥の地の石標。
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沙沙貴神社の楼門。 
茅葺二層のすばらしい造りだ。江戸時代中期の建造物。
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拝殿と本殿。こちらはいずれも江戸時代後期に再建。
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拝殿脇のイチョウが見事に黄葉していた。
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「願かけ石」を祀る社もある。
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ここの看板に、古事記に記された「天之羅摩船(アメノカガミノフネ)」の伝承が紹介されていた。
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      少彦名神さまが小豆に似たササゲ、この豆のさやの船に乗り、
      海を渡ってササキの郷にきた
      それがササキ神社の始まりという



沙沙貴神社のすぐ近くにある 浄厳院 へ向かう。
ここは織田信長が安土城下に建立した寺院で、浄土宗と法華宗の間で「安土問答」が行われた寺院としても名高い。

その楼門(重文)と仁王像。平成8年に解体修理したのでたいへん綺麗だ。
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本堂(重文)とその扁額。
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墓地の一角に宝篋印塔が建っていた。南北朝時代のものだと云う。
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安土城址 へ。
受付からすぐに真っ直ぐな急な石段が続く。 ここが大手道だ。
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石段のところどころに「石仏」の表示。
築城の際に石材として使われたものだ。なぜかお賽銭が供えられていた。
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豊臣秀吉の居館跡。 結構広い敷地だ。
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途中に建つ石碑。 漢文で書いてあり、読めない。
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城郭があったらしい、石垣や石塁が続く。
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黒金門(くろがねもん)跡。
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ここまでが大手道で、ここから先が安土城中枢部、二の丸だそうだ。

唐突に、仏足石が置いてあるのに出くわす。
これも築城時に石材として使われたそうで、昭和初期の登山道整備の際に崩れた石垣の中から発見されたと、看板にある。
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信長公の本廟。
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天守へ。
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天守閣跡。 ずいぶん広い。
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ここから、先ほどの信長公本廟を見下ろすことが出来る。
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安土城内総持寺へ向かう。 総持寺跡に建つ三重塔(重文)。
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ここから琵琶湖方面を見下ろすと、西の湖が美しく輝く。
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安土城跡を堪能したあと、総合体育館などの施設に設けられたレストラン「あずちマリエート」で昼食。
折角だからと、「安土御膳」なるものを食べた。それなりに旨かった。

先達役の友人が、「面白いところへ連れて行ってやる」と向かったのが 新宮神社(大社)
なんとここの拝殿は土間形式だ。 入母屋造りの茅葺だ。
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ここに何やらの絵額が奉納されていたが、消えかかっていてよく見えない。
見えないと、一層気になるものだ。
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本殿。
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近江八幡の史跡、安土を訪ねる(2)へ続く
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