重文クラブ 清水寺、建仁寺、東福寺へ

年賀状の準備も終わったし、鯱城学園重文クラブ校外研修の整理を遅ればせながらようやく始めた。

12月11日、我らC班の幹事で挙行。

清水寺

先般下見に来た時にお願いした学芸員の先生がたいへん丁寧に説明してくれた。
また、普段立ち入りできない所へも入らせてもらい、ありがたかった。

仁王門から西門、三重塔
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まず、西門(さいもん)を見学。 特別に中へ入れていただいた。
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現在の建物は寛永8年(1631)再建されたもの。

西門内部は桃山様式の極彩色に彩られた豪華なものだ。
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門の両側を持国天と増長天が守る。
持国天
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増長天
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西門からは京都市街が一望できる。
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仁王門もすぐ下に。
この方角に御所があり、仁王門が御所を隠すような配置になっている。
意図されたものかどうかはわからないらしい。
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西門の見学を終えて、いよいよ清水の舞台と本堂へ。

清水の舞台でも、学芸員の先生から説明。
この舞台では能や舞楽が演奏されたという。でも舞台はあっても観客席がない。
で、先生が皆に出した問いかけ。 「ではその舞楽は誰に見せる?」

もちろん、御本尊の十一面千手観音に奉納するもの。

いよいよ、本堂内陣へ。 
内陣への入り口に巨大な扁額?が掲げられていた。
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書かれているのは
  「滋眼視衆生 福聚海無量」
観音の功徳を説いたもので「慈悲の眼によって生ける者たちを見る。その福徳は海のごとく無量である」と。

本堂内陣で学芸員の先生から様々な説明を受けた。
御本尊の十一面千手観音は厨子の中におわして観られないが、その周りの二十八部衆や風神・雷神像は見事なものだった。

音羽の滝
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音羽の滝付近から舞台を見上げる。
この高さ、4階建てのビルの高さに相当するそうだ。
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阿弖流為(アテルイ)、母禮(モレ)の碑
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二人とも奥州の首長であった。
朝廷の東北平定のため、征夷大将軍・坂上田村麻呂公の軍門に下った。将軍は両雄の武勇、器量を惜しみ朝廷に助命嘆願したが、許されず処刑されてしまった、という伝承がある。
石碑は、平安建都1200年を期して1994(平成6)年に有志により建立されたという。
(清水寺のホームページより)

清水寺ご朱印
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清水寺門前の「清水順正 おかべ家」という店で昼食。
料理は湯豆腐で、普段より予算を気張ったこともあり、仲間からは大好評だった。

昼食後建仁寺へ。

建仁寺

建仁寺方丈 (画像は建仁寺のホームページより)
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方丈はちょうど屋根の吹き替え工事中で、全貌を観ることはできなかった。

まず方丈で僧職から寺院のこと、仏教の教えなどを解説していただいた。
方丈の「竹林七賢図」など貴重な襖絵(デジタル複製)に囲まれて解説を聞いた次第。
これらのデジタル複製ができる経緯なども丁寧に説明。
この僧、たいへんな話好きで、寺院各所を連れまわしそれぞれ丁寧な解説を加えていただく。
結局、拝観予定時間1時間を大幅に超過してしまった。

方丈奥にひっそりと首塚が。あの案国寺恵瓊の首塚とか。
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案国寺恵瓊は方丈の移築や建物の修復に功績を遺したため、斬首後に建仁寺の僧侶が首を持ち帰って葬ったもの。体制を憚って秘かに葬られている。

本坊中庭の潮音庭。
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いかにも禅寺らしい落ち着いた庭。
紅葉が終わり、ちょうど庭の手入れをしているところだった。

別の一角にも小さな庭が。
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本坊掛け軸 ○△□の掛け軸
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禅宗の思想をあらわしたものだそうだが、イマイチよく分からない。
この掛け軸のあるすぐわきに「○△□乃庭」と称する庭があったが、いま修繕中みたいだった。

本坊に展示してある「風神雷神図屏風」(デジタル複製)
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複製とは言え、たいへん迫力があり素晴らしい。

帰り際に法堂(はっとう)へ立ち寄り、「双龍図」を覗く。 (画像はWebから)
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この天井画は、下見の段階から是非室内に入って眺めたいと思っていたのだが、この日も法堂の中へ入ることは叶わず、窓から覗くのみだった。 残念!!

建仁寺ご朱印
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かなり遅れてしまったので、急いで東福寺へ。

東福寺

東福寺では時間が限られていたため予定していた開山堂の拝観は中止し、境内を各自で自由に拝観することにした。

我々は方丈庭園を見ようと入場(400円)。

方丈庭園は、「八相の庭」と言われ東西南北四庭に「八相成道」を配した庭。
作庭家重森三玲(みれい)によって昭和14年に完成されたもの。

ちなみに八相成道というのは、釈迦生涯の八つの重大出来事のことだという。
(いずれも東福寺の栞より引用)。

南庭。八相成道のうち「五山」「方丈」「蓬莱」などをあらわす。
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方丈の扁額
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南庭から方丈を望む。
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西庭、井田市松の脇で同行の御婦人方。
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北庭、小市松。
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東庭。八相成道のうち「北斗七星」をあらわす。
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方丈の庭園を堪能した後境内を散策。
境内には重要文化財に指定された数々の建築物が残っている。

浴室(重文)。
蒸し風呂形式。国内最大で、東大寺の湯屋に次いで古いそうだ。
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三門(国宝)
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楼上内部には諸仏が配され、天井・柱には極彩画が描かれているという。
この内部をぜひ観たかったが、下見の段階で断られているので断念。

三門には「玅雲閣(みょううんかく)」の扁額。足利義持の筆。
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三門から本堂(仏殿、重文)が覗けられる。
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境内の片隅に東司(重文)。これはトイレで日本最古の遺構。
かなり大きく、全長30mくらいありそう。
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中を覗くと、こういった便器がずらりと並んでいる。
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通称「百雪隠」というそうだ。
禅僧は用便も修行とされ、厳しい作法が定められていたそうだ。

本堂(仏殿、重文)
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仏殿には本尊釈迦如来像が安置され、「大佛寶殿」とも称される。
釈迦如来像は五丈(約15m)の丈があるので大佛と呼ぶそうだ。
この像も拝みたかった。

東福寺ご朱印
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ここのご朱印はスタンプ。手書きも出来るそうで、全員がそれを希望したのだが、その時刻は対応する僧が不在だったので断念。ちなみに手書きだと200円アップの500円。
どこの寺院でも手書きで300円なので、このお寺の商法にはちょっとびっくり。

今後、京都の寺院ではこれに見習ってスタンプ300円、手書き500円という風になるのだろうか?

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帰路、バスは予定の東名阪経由を止め、名神経由となった。
東名阪の夕方の大渋滞はいつまでも解消しないようだ。
四日市で湾岸道路とつながったのが渋滞の原因と思われる。
渋滞対策の拡幅工事をやっていて、それが渋滞をさらに深刻にしている。
皮肉なものだ。

名古屋帰着後、通常は全員で反省会と称する飲み会をやるのだが、年末ということで大人数の会場が確保できず、班ごとに小規模の反省会をやることになった。

今回の研修は、我々の班が幹事だったのでいささか気を遣ったが、まあうまく運営できたと思う。
皆さん、ありがとうございました。



この記事へのコメント

そら豆君
2013年02月02日 09:00
鯱城学園の重文も楽しそうなクラブですね。

私はパソコンクラブに所属している為
ひたすらパソコンに向かって
悪戦苦闘しています。

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